2011年5月15日日曜日

川崎の床屋さんのおばさん

 『はぁ、もうやらねぇ。』


 やっと、気が付いてくれたようです。怖気づいたように、おばさんは言いました。気が付いていたんだね、と云ったようにです。何時頃からでしょう。もみあげのところに、醜い傷跡が付いているのです。その傷が、どのように付いたのかは直ぐに分かりました。いつも、もみあげを長くしてくれるように頼んでも、必ず短くしてしまうのです。その時、剃刀の力の入れ具合が悪くて、皮膚まで削り取ってしまうのです。ヒリヒリしている皮膚に塗り薬を付けて、いままで誤魔化していたのです。今まで、腕を振り回すようにして、私の願いを無視していたのです。


 ここは、二子玉川から川崎にひとつ電車を乗った場所にある、床屋さんです。おばさんが1人で、営業しています。御主人は、私が通っているときに、亡くなりました。病院に入院していたのですが、退院して家に帰ってから亡くなったそうです。そして、娘さんがくれた、小さな茶色のダックスフント犬と、いっしょに暮らしているのです。1人暮らしでは、寂しいだろうと、娘さんが与えたのだそうです。


 毎月顔を出すようになってから、世間話などをしました。通い始めた最初の2回ぐらいは、随分用心されたようです。それは、そうとしても、昔の散髪の仕方を、けして、変えようとしませんでした。もみあげを短く剃るのです。ですが、ケロイドの傷を作られては、何時までも黙っている分けにはいきません。静かですが、しっかりした口調でいいました。短く剃るのは、止めて下さいと。そして、その後は、それっきり、その床屋には、行かなくなりました。多分、もう、床に伏しているか、亡くなりになったと思います。相当、御高齢のおばさんでした。


 悪い人間で無くても、悪いことをする事があります。出来たら、良い人間で、良い事を、人に知られずに、出来るような人間になりたいと思いませんか、みなさん。




 

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