2011年5月6日金曜日

豚串の争いと、正直者の違い




 『なんだい、これ? 頼んだ?』
 『いやぁ?』
 『なんだろ?』


 東急東横線の武蔵小杉駅を降りて、会社の同僚2でお酒を飲んでいました。生ビールジョッキ片手に、仕事のコミュニケーションを今後も親密になるよう図っていました。湯気の出る鳥から揚げ、竹の棒に刺した焼き鳥、マグロ赤身の刺身、そんな皿に乗った食べ物が、所狭しと白木のテーブルに並びました。とにかく、食べ飲もう、と云った感じでいました。テーブルを挟んで、何でもない話題に力も要れずに話していました。ひと通り、注文も終わり、食べたいものを思いついたように注文していました。なんだか、身も心も落ち着いて、酔いが心を平和な気持ちにさせていたときです。若い女性店員が歩いてきて、テーブルに白い小皿を置きました。小皿には、豚串が一本乗っていました。豚串は、異常に脂身が多い、豚肉を竹の棒に刺して火で焼いたものです。店に入ったときに、何本か注文して、既にテーブルの上に置いてありました。脂身が多過ぎて食べられず、何本か皿に残っていました。ここは、地元の人が経営しているような、迷路のように入組んだ街の片隅にあります。大きさはまあまあで、白木を基調として作られた明るい店内の居酒屋です。バブル経済が破裂して、急速に日本の景気が悪くなり、巷に仕事がなくなってきた時期の話です。


 『ワザとやったんだ。』
 『そんな事ないですよ。』
 『多分、ワザとだよ。』
 『違いますよ。間違えたんですよ。』
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  ・


 そんな事をしばらく、2人で言い合いました。若い女性店員も、豚串の効果をどこからか伺っていたのでしょう。豚串を私達のテーブルに置いた後は、姿が見えません。私達の豚串に対する争いを見ていたのです。会計を済まして店を出るまで、彼女の姿は見えませんでした。でも、一緒に仕事をしている仲間が、必死に彼女の弁護をしているのが不思議でした。いつも、どうでも良いような、ささいな、つまらない悪巧みばかり考えている男なのです。


 『悪い奴いるよぉ。』


 アメリカ人の知り合いの言葉が、チラと頭をかすめました。そうなんですね。つまらない事や、悪いことを考えている人っているんです。その理由は、色々あると思います。彼女は私達を見て、頃合を計って、それを実施したのです。それは、客商売をしている人達が頻繁に行っています。表面は大きな形の良いものを乗せ、中身は小さいものや、形の悪いものが入っている、詰め合わせに似ています。彼女は、そのようなものを、形を変えて実施したのです。実施した、理由は彼女に聞かないと分かりません。


 しかし、そのような考えとは無縁な人達がいます。その人達は、そのような顔をしています。そして、多くの人から信頼されています。その人の行いが顔に出るのです。

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