2011年5月15日日曜日

三人の警察官

 『ちょっと、そこ踏まないで。』


 一番年長の警察官が、私の足元を指差して云いました。腰を屈め、茶色の合板を敷いたフローリングの床を透かすように見ています。ダイニングルーム床に犯人の足跡が付いていたようなのです。ここは私が住んでいるマンション6階の部屋です。泥棒が入ったのです。それで、とりあえず警察に電話をしたら、3人の警察官が来ました。黒い革の防寒服を着て、皆体格がガッチリして立派です。年も迫ってきた、大晦日あたりの事でした。


 ドアの鍵穴に鍵を差込み、廻しました。カチャリと微かな音と共に、ドアを開けた瞬間に、何か異変に気が付きました。見ると、玄関とダイニングルームを隔てる、たくさんのガラスがはめ込んであるドアが、微かに開いているのです。不穏な気持ちが胸の中に湧き上がるのを感じて、靴を脱ぎ、廊下を歩きました。ダイニングルームのドアを開け、ダイニングルームに入ると、今度は、寝室と、リビングルームを隔てる二つのドアが、同じく微かに10センチ位開いているのです。すぐに、すべての部屋に入り、見ました。箪笥や押入れのドアと云う、ドアは全て、開けられ、閉められていませんでした。寝室の窓ガラスが割られていました。隣りの住人の部屋から、窓を伝わって入ってきたのです。


 しばらく警察官3人と話をしていました。調書を書いていたような気がします。となりの部屋の住人にも、事情を聞くために、隣りの住人の玄関ドアのチャイムを鳴らしました。どうも、留守のようです。警察官がドアのノブを廻しました。ドアが開きました。警察官が慌てて、ドアを閉めました。何か、住居侵入に対しての無断入室を恐れたようです。どうも、子供を連れて、田舎に家族で帰ったようなのです。そのときに、何をあわてたのか、鍵を閉めないで帰ってしまったのか、泥棒が鍵を開けてしまったのかのようなのです。


 『犯人は、おまえだ。何たくらんで、泥棒したんだ。嘘を付くな!』


 年長の警察官と話をしていると、彼の目があきらかに、私を疑っている目に変わていました。それも、突然で否応なしに、強烈な感じです。目がそういっていました。口に出しては、言いませんが。


 『ええ。私じゃないよ。私は何もしていないよ。被害者なんだよ。止めてくれよ。そんな目で見るのは。』


 私の目は、そう、年長者の警察官に訴えていたはずです。慌て、ちょっと怯えていました。その後、何日かが過ぎ、隣りの住人は、すぐに引越しました。しばらくすると、警察官から泥棒が捕まったことを知らせてきました。あの年長の警察官の、私を疑う強烈な目を今も思い出すことが出来ます。あのような目で見られ、潔白な人、動じない人は居るのでしょか。スリランカ人のビッキーさんが、朝のテレビで日本の通勤者に声を掛けている番組がありました。ほとんどの日本人は逃げ回っていましたね。いつか、日本人も、堂々と応えられる日が来るのでしょうか。無実の人を疑う警察官や、日本人を試すビッキーさんに。私は潔白だし、何でも応えてやると。


 『ハバ、ナイスデー。』


 いつかの日か、日本語で、いい一日をと照れずに言える日が来るのでしょうか?




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