2009年12月26日土曜日

現在の東京




 夕日がシルエットの効果を出している。4階の窓から見える世界が美しく見えます。昼の日差しの中では、墓標のような実に醜いマンションの建物が、やさしく見えます。レースの白いカーテン越しにいとおしげに映ります。


 現在の東京はどうなっているのでしょう。分けの分からない街のようです。多くの人々が生活していますが、へんてこりんな顔ばかりです。どこに行くのでしょう。添加物まみれの食べ物を食べている人々は、何か恐ろしげです。美しいものは皆無のようです。人の心も、怪物になってしまったようです。以前、部屋捜しをしていたときに、小さな不動産屋の店に入りました。髪の長い、中年の男性がいました。留守番をしていると云うのです。歳の頃、40歳半ばでしょうか、そんな、彼が言いました。


 『へんてんこな顔ばかりじゃない。街を歩いていても。どの人も。』


 どうも、この人には、道行く人が、妖怪のような顔に見えるらしいのです。そんな彼の顔を見ると、やはり何か妖怪とまでは云いませんが、彼の言うとおりです。彼自身も、おかしな顔をしているように見えます。


 目標もなく生活している都市と東京の人々のようです。


 生きているのではなく、ただ生存しているだけの為に。


 若い頃、南の島、小笠原諸島に行った事があります。東京の港区にある竹芝桟橋から、小笠原丸に乗って。小さな小学生達も、たくさん乗っていました。小さな小学生低学年の女の子達の顔が、生き生きとしていました。大きくな目をして、これから南の島で起こる冒険を期待している顔です。冒険が終わり帰りに小笠原丸に乗っている小学生の顔が落ちていました。冒険が終わり、灰色の日常に帰るのです。目も小さく細くなっていました。


 皆さん、日常の中に冒険を探しませんか。いますぐ、新しいこと、わくわくさせることを探しませんか。



2009年12月13日日曜日

出版会社の金儲け方法





 『じゃ、ぎりぎりなんですけど、50万円値引きします。』



 受話器の向こうから、嬉しそうに出版会社の企画部に所属している男の人が言いました。本当に自分の都合だけで、ものを考えている人です。最近の出版会社のお金儲けの手伝いを私が出来ると思っているのです。



 インターネットである大手の出版会社が自社のホームページに原稿募集を掲載しました。そんな事で、プログに記載している、ひとつのエッセイを送りました。すると、早速電話がかかってきました。



 『とても、楽しく読ませてもらいました。』



 楽しそうに笑い声を立てて、受話器から彼が話しました。そして、謝礼として、なんかのカードを送ってきました。いくつか原稿を送って欲しいとの希望の書面も入っていました。そんな事も忘れた頃ですが、封書が届きました。現在の状況を知らせて欲しいとの書面でした。



 『現在はマイペースで暮らしていますけど。・・・・。』



 その後、アプローチが足りないと感じたのでしょう。2度に渡り、本と封書を送ってきました。しばらく様子を見ていました。あらたに封書が送られてきました。原稿を送って欲しいとの催促でした。いくつかピックアップして、プログに掲載しているエッセイをおくりました。審査に通ったとの連絡が来ました。本にするには、200万円だす必要があるとの連絡でした。



 原稿料をもらえるかもとの期待は的外れでした。出版会社もインターネットが世に現れてから、生き残りをかけて違う方面でお金儲けを作り出さなければならないのです。 自費出版で、お金を個人から集めようとの事らしいのです。



 『いま景気が悪くて、仕事もなかなか見つからないのが、私の現状なんです。』



 受話器の向こうの出版会社の企画係は、落ち着いた声で今後の、私の仕事探しに見解を述べました。そして、私の原稿の出版は風と共に去ってしまいました。

2009年12月11日金曜日

びっくりした表情を見せる赤ちゃん




 びっくりした目で私を、彼女は見ました。


 なぜか、中学生の頃、家に赤ん坊が来ました。女の子の赤ちゃんです。そして、どうゆう分けか私が面倒を見ることになりました。布に包まり、顔だけを出した女の子の赤ちゃんを抱いて家を出ました。全然負担にならない軽さに、なんとなく驚いていました。そして、じーっと私を見ている女の子の赤ちゃんの目に恐れを抱きました。そして、私はフラフラしてしまいました。そして、あることを、その女の子の赤ちゃんにしたのです。


 ふっくらとしたホッペにキスをしたのです。赤ちゃんの目に驚きの色がありました。びっくりした表情をしています。そして、それからは仲良しになっていつも一緒に時間を過ごしました。近所にある古い港に行って、海や空の広さを見せたり、田舎道を散歩をして過ごしました。


 幸せな時間だったと思います。

変な裁判官




 『これから取り調べをします。』


 多分、裁判官なのかなぁ。スーツを着ている裁判長なのでしょうか。役所の事務員のようです。何の威もありません。そして、照れ隠しのような取調べを私に対して始めました。なんとも、情けない格好です。


 私はお金を支払わない取引先に対して少額訴訟を起しました。その会社は恵比寿にあり、若い弁護士をやっとって対抗してきました。法律の事等、ほとんど知らない私は裁判の成り行きを見ていました。どうも、訴訟の手続きに問題があり、裁判にならないようなのです。そして、裁判は不幸にも無効になってしまいました。


 その時の裁判長が実に情けない男に見えました。パッパラパーのヘアースタイルをした洟垂れ小僧の弁護士に一言もないのです。そして、その矛先を私に向けて、私の言葉を録音したのです。なんとも、情けなくてどうしようもありませんでした。 なんで私が取り調べをされなければならないのかが、分かりません。 お金を払わない事実を取り上げることも、話をすることもなく、黙っている裁判長?


 しばらくして、家に封書が届きました。下請けの会社に対して、何か不正かごり押しをしていないかとの、内容でした。


 『馬鹿野郎、なさけないことするなあ!』


 私は、そう思いました。社会の不正を裁判で裁くことが出来ずに、封書を送りつけて、何かをしようとする姿勢に腹が立ちました。

添加物顔のカップルの接近




 『?』

 フッと気が付くと、若いカップルが何やら私に接近してきました。とても変な空気です。何かを探しているでもなく、なにか様子をうかがう感じです。そこにとどまって体で雰囲気を感じ取っているようなのです。

 私は、東京は駒沢にあるスーパで買い物を良くしていました。東京の駒沢公園でテニスの壁うちをした帰り道に寄って、果物や、牛乳お菓子等など購入していました。その日は味噌が並んでいるところで、購入しようとする味噌を手にとって選んでいました。

 そんなときに添加物を大量に摂取している目をしたへんちくりんな女性が接近してきました。それは、気味の悪いゴキブリのようでした。そのあとから、カップルの男が付いてきました。じっと2人は並んで立っています。話をするでも、商品を見るでもなく、私の様子を伺っています。

 なんでしょう、この2人は。

 私は、こんな2人と同じような人達に何度となく逢ってきているので、相手にしたりすることは不可能なのを知っているのです。こっちの味噌、あっちの味噌を商品ラベルに記載してある説明文を読みさっさとレジに並んで買い物を済ませました。

 ろくでもないことを考えるときが誰にでもあるものです。それがどのようなことなのかも考えずにです。そのような状態になったら、しょうがないのですが、そのような状態になった人達にあったら相手にしては駄目です。さっさと自分にできる事をして離れてしまいましょう。自分と相手のために。

 日本はどうでしょうか。世界から見て、相手にして良い国でしょうか。

この世にある最高の力、お金の力が見せたもの





 『ああ、あのパンは美味しかったね。』



 そんな話が、私の耳に入ってきます。わかりませんけど、私にまとわりつく若いカップルがいます。しきりにたわいのない、話をしています。どうも、私に興味があるようなのですが、何か良くない興味らしいのです。多分、近所の噂話を聞いたのでしょう。そして、待ち構えていたのかもしれません。



 そこは、横浜にある大手のスーパです。良く、ここで買い物をしていました。毎日のように食事の用意をするために買い物をしました。



 買い物カゴに入った食料を手にして、レジに並びました。もちろん若いカップルも私の背後に並んで、どうでも良い事をペラペラ話しています。しかし、私がレジにお金を払うためにポケットから財布を出したとき、その会話をピッタッと止まりました。



 私の財布には、パンパンに一万円札がギッシリと詰まっていたのです。若いカップルは、それを目にしたんだと思います。そして、自分達がしている事が、以下に無力で愚かなことだと思い知らされたのです。本当に棒切れで、殴られたように黙ってしまいました。



 力なんだなぁ。お金って。

変な目つきをして、私をじっと体を動かさずに見つめるパン屋の店員さんの目





 『?』



 何となく目が合いました。そこは、世田谷区にあるチェーン店のスーパのひとつです。このスーパの中にパン屋さんがあります。まあまあのパン屋さんです。そこの店主でしょうか?結構年配の男の人です。白い制服に白い前掛けをして、白い山高帽子を被って、ジッと私を見ています。体の動きが静止しています。目が変に笑っています。多分、良い年の男が、スーパで米を買うことが、恥ずかしい事だと思っているのだと思います。確かに、どうでも、良い事を考えたり、思ったりしている人って、たくさんいます。立場が変われば、私本人も、その1人になるのだと思います。みんな、そうだと思います。人間は。



 私はビニール袋に入った米を幾つか見比べて購入しようとしていました。こんな私がおかしいのでしょうか? なんでしょうか? とても失礼な気がします。良くそれでパン屋なんかの客商売が務まるものです。



 これが日本人なのです。いつも、つまらない事を思ったりしたりしているんだと思います。そんな事で、私はこのパン屋では、パンを買うことはしません。多分、パンにはそのような変な気持ちのものが混入しているからです。そしてそのようなパンを食べ続けたら、変な人間になってしまうでしょう。



 そして、毎度の事ですが、私が気さくに誰かと話しをしはじめたりすると、サッと態度を豹変させるのです。一瞬のうちに。



 多分、このパン屋さんは、なんらかの恥ずかしい世界に住んでいるのだと思います。なにか、よからぬものをパンに混入せているのでは、と思ってしまいます。昔ワインに、車のラジエターに入れる、不凍液を入れて販売していた大手の酒造メーカがありました。



 心正しき者は、本当にピカピカに光る金だと思います。そして、そのような人がいないのが、現状です。そのような人を作る環境が、今の日本にはないのです。

錯覚していた女性




 『あら?』



 彼女の顔には、そのような表情が表れていました。そこは、東京の世田谷区にあるスーパーのレジです。彼女はスーパーのレジ係りの一人です。レジの女性は黒い2ピースの制服に白いブラウスと赤い蝶ネクタイをしています。



 良く、テニスの壁うちをした後に利用していました。そして、なんの抵抗もなく買い物をしていました。しかし、彼女達の中には、仕事をする以前になにか分からない事を考えている人達もいるようです。その一人が彼女です。異様な感じで私を見る目です。その目は鋭く、何かを用心するような目なのでしょうか?



 私は彼女のレジを一度も利用したことはありません。そんな事で彼女のレジが空いていて、他のレジに客がいても、客のいるレジを利用します。そんな事で、彼女の考えている事が何なのか良くは分かりませんけど。多分、男に対する用心をしているのだと思います。



 彼女はそんな事で、他のレジに並ぶ私に対して当てが外れてしまったようなのです。



 多くの人達は女性というよりも、人間的に気持ちよく接する事が出来る人を選ぶ権利があることに、気が付きます。

常識とはなんだろう。




 『そんなの、常識だろ!』

 友達だった彼が、この言葉を使うとき、なんとなくおかしな感じを受けます。彼には、新たに考えを作り出すとか、誰かの考えを受け入れるとかする事が難しいのです。すでにある昔の考えに従って行動する事しか出来ないのです。まあ、彼に限らず、多くの人はそうですね。

 日本の政治も国も、日本人もそうですね。現在の日本から見た北朝鮮のなんかも、私達日本人には奇異に思えます。違う国の人達を捕まえて自分の国に連れてきてしまうことが、常識では考えられません。しかし、長い人間の歴史の中では、そのような事は沢山あったようです。長い人類の時間の中ではそうなのですけど。

 そのような北朝鮮の奇異に比べて日本はどうでしょう。100年に一度の不景気の中で多くの人々が経済的に苦しんでいます。そんな中で政治が、どのような事になっているかというと。

 『各国を訪問する政治家が、各国からの接待を受けないようにする。用意された車なんかも辞退するようにする。』

 最近ラジオから流れてきたニュースを聞きました。些細な事だと思うのですが。考える事が違うような気がするのです。経済的に溺れている多くの人達がいます。そんな緊急のときに違うことを言っているようなのです。行動をおこしていません。

 世界から見た日本、また、日本人から見た日本が奇異に見えます。平成の天皇が即位したときに、ある儀式を行いました。ほら貝を吹いて、のぼりを風になびかせて。まあ、節分のときのいわしの頭も信心のような感覚なのかもしれませんけど。生き神様の儀式と、テレビでは言っていたように思います。

 多くの日本人が頭を垂れて生きています。多くの日本人が、分けの分からない事で頭を垂れているのです。

 『実るほどに頭を垂れる稲穂かな。』

 日本人は稲穂ではありません。人間です。世界に生きる多くの人達と同じ人間です。胸を張って生きる事が出来るはずです。生活に自分に世界に向かって胸を張って生きる事ができるはずです。背を丸め、稲穂のような姿勢の日本人と常識。

 いいのでしょうか。何か飼いならされた人間の群れのようです。そして、そのことさえも分からなくなっています。

 テレビでは、面白おかしく、ケラケラと笑える番組ばかりが放送されているのだと思います。でも、それは必要かもしれませんが、空しいものです。日々に生活に意欲を持って生きていけるものが必要なのです。真に楽しめるものが。

2009年12月1日火曜日

100年に一度の不景気が教えてくれたもの



 『ほんとにテレビを見てると、ケラケラ笑っている番組ばかりだけど。景気が良くならないのかねぇ~。』

 幾つぐらいの女性でしょう。もう、働くには老いてしまったような髪も薄く、小柄で痩せた女性です。彼女が私に、気さくに話しかけてきます。本当に深刻な空気を肌に感じています。危険な信号を発している顔を見ると、苦しくなります。多くのメデイアから経済的な打撃を受けている人々のニュースを耳にします。

 どうしたら、良いのでしょう。行動する事が出来ないでいます。話ばかりで前進できずにいます。今は、そんな時期だと諦めるしかないのでしょうか。苦しんで学ぶことでしょうか。このような不景気なときに、苦しんでいる人を誰も助けることはできないでしょう。

 与党である民主党の政治家の人達の政策なる内容がラジオから、流れて耳に入ります。前の与党である自民党と同じような部分的な政策内容で、とても効果があるような話ではありません。もちろん、経済的に苦しんでいる人々を救う事もできないでしょう。

 そんな事で、当たり前ではありますが、経済的に苦しんでいる人は自らの手で、自分自身を助け出すしかないのです。しかし、主権をもつ国民が、彼らを選挙で選んだのです。そして、現在の日本にはリーダーがいない事が分かってしまったのです。それを、教えてくれたのは経済的な苦しみを味あわせてくれる100年に一度の不景気でした。