2009年3月22日日曜日

またかよお。




 『ちょ、ちょっと、止めて下さい。』

 私は彼が手に持っている剃刀の形を見ました。それは普通のものではなく両刃の剃刀でした。そして彼の目を見ました。彼の目が、無言で言っていました。俺の仕事が済むまで、黙ってそのまま寝ていろと。私は右手の甲で顎を触り、その甲を目の前に持ってきて見ました。赤い血が付いています。そして言ったのです。

 そこは、東京の日比谷線と東横線が相互乗り入れしている中目黒駅近くの床屋さんです。椅子から起き上がり、私の首から掛けてある白い前掛けを静かにとりました。見ると彼はヘラヘラ、ニヤニヤしながら笑っています。私は、ちょっと動揺しながら言いました。

『ど、どうゆう事ですか。これは。』 

 床屋の鏡に映っている顎から出ている赤い血と、右手の甲に付いた鮮明な赤い血を交互に目で見ながら静かに言いました。どうしていいか分からない、困っているというような状態です。

『お客さんいい人に見えたからやっちゃいました。彼、今日が初めてなんですよ。』 

 隣の客の散髪をしている店の主人らしい、眼鏡をかけた背の高い男性が隣から私の方に笑顔を向けて言います。 笑っています。彼の初めてのお客が私だと言うのです。

『これは、ひどいんじゃないの。』 

 右の手の甲に付いた赤い血を見ながら、私は言いました。無言の脅しで黙らせようとした彼の態度。ジャガイモの皮を剥くような感じでの髭のそり方。シュ。シュ。といった剃り方。

『じゃあ。髭剃り代は入りません。』

 笑いながら、店の主人が言いました。

『ふっざけんなあ!いいかげんにしろ。』 

 と、言ったかどうか記憶にはありあません。でも、お金は払いました。床屋の主人が言うように私は、まだ若く人が良かったのたのです。でも、怒りはそれなりに、表現したと記憶しています。しかし、お金を払ったことを後悔しています。 ある春の日の午後の事です。

 いつの頃かインスタントになりました。レストランに行っても仕込みは、半製品を使います。時間を掛けると商売にならないのでしょう。設備も技術も無くなりました。昔の床屋さんは、たっぷりと石鹸の泡を顔に塗りました。そして、蒸しタオルを顔に当て髭を蒸しました。それを、剃刀を使う前に2度しました。いつも、顔を剃って貰うとき気持ちよくなって眠気くなったものです。なんと言う違いでしょう。

 これが、今の時代なのでしょう。それから、床屋では顔は剃らないで下さい。と、言っています。それでいいんでしょうか。災難を避けるようにです。




香りは煌く風のようです。

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