2009年8月20日木曜日

貧しさの中に潜んでいた者の顔




 その警察官は、顔を上げ私の顔をみると急に可笑しそうな笑顔になりました。

 しばらく何故、可笑しそうな顔になるのか分かりませんでした。そして、すぐ横の柱に付いている鏡に映っている自分の顔を見ました。本当に嬉しそうな顔を私はしていたのです。子供が本当に欲しがっているものを得たときの顔でしょうか?いいえ、違います。ちょっと表現しきれないような顔です。異常な感じの笑顔ですね。それは得たいの知れない人が笑っているような、見知らぬ笑顔でした。私の知らない私自身です。そうです。私の知らない何者かが、私の中に潜んでいて嬉しさのあまり顔を出したのです。

 そこは、東京は飯田橋にある遺失物届け所です。私が中目黒の4畳半の賃貸アパートに住んでいた頃の話です。若く、貧しい生活をしていました。そんな私が武蔵小山のアーケード街であるビニール袋に入ったものを拾ったのです。小さなビニール袋は擦り切れていました。腰をかがめて手にした袋の中身をビニール越しにみました。一万円札が何枚も入っています。聖徳太子の一万円札です。合計5万4千円ぐらい入っていました。その時の4畳半のアパートの家賃が1万5千円ぐらいだったと思います。

 正直な私は、そばにあった洋服店に届けました。店員さんが私を交番に連れて行き手続きをしました。半年がすぎたのでしょうか。呼び出し状が届いたのか記憶がありません。そんな事で飯田橋の遺失物届け所にいって、落とし主のいない現金を受け取ったのです。

 一切れのパンに飢えるより、心の貧しさのほうがもっと辛い・・・。何かが働いて、自分の貧しさに気が付かない自分に、自分の貧しさを教えようとしたのです・・・。

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