2009年8月30日日曜日

分かってない人




 『ええ!こんなに安いのぉ!モッタイナイわい。持ってきてよ。』



 彼女は年配の女性です。社長のお母さんです。眼鏡をかけていて、痩せて少し神経質そうな感じの女性です。歳は老いていますが、まだまだ、しっかりしています。そんな、彼女が店先に置いてある何鉢かの植木鉢のひとつのボケの花を見て言いました。確かに赤い花びらを沢山枝に付けて咲き誇っています。値段も、植木鉢を見た感じでは格安に思えます。私は、彼女の言いつけに従い、ボケの植木鉢を持って彼女の住んでいる4階に向かって急な階段を上がっていきました。彼女の言いつけ通りの場所にボケの鉢を置きました。ボケの植木鉢はさっきの店先の全然陽が当たらない場所から、4階の素晴らしく日当たりの良い場所に置かれました。



 私は東京の港区にある花屋さんで働いたことがあります。若い頃ですね。新聞の3行求人欄を見て応募して採用されたのです。そして、あるホテルで活けた花を運んだり、花屋の店の中で花の水揚げとあっちに行ったり、こっちに行ったりと働いていました。



 4階には、たくさんの植木鉢が置いてあります。とても気持ちの良い空間です。そんな事で、やれやれと急な階段を上ったあとで、ほっとして店のほうに足を向けようとしました。すると、背後から社長の声が聞こえます。



『ああ、大変だ。花の咲いている今、売らないとだめだ。早く下に持って行って、店先に並べてくれ。』



 私は、黙って社長の言いつけ通りに、さっき持ってきたピンクとオレンジの花弁をのんきに開いているボケの花の植木鉢を持ち上げて、急な階段を下りていきました。そして、さっきボケの花の植木鉢が置いてあった日の当たらない店先の灰色のアルファルトの歩道の上に、桜草等の植木鉢と一緒に並べて置きました。



 若い私は、こんな事もあるようなあと思いました。何年も花屋の売り上げで暮らしている、人でも分からないものなんだなぁ、と。



 人も同じですね。人類は、もう何千年も生きてますけど、まだ人間て分かっていないですものね。近所の隣の人や、家族、そして自分自身さえも分かっていないと、思うのです。

0 件のコメント: