2020年5月13日水曜日

100年後のテクノロジー



                              100年後のテクノロジー 

 どんなにテクノロジーが発達してどんなに時間が流れ時代が世の中の姿形を変えてしまっても、人が生きていく世の中であるのは間違いないだろう。そして、その人が生きていく世の中である事を人が忘れてしまった時に人類は滅んでしまうだろう。人間としての心や互いへの思いやりがなければ単なる機械のひとつの歯車でしかない。そして、いつか磨耗して錆付いてしまう。人が人として生きていく為の考えがなければ、何の意味もない。互いを思いやる考えが無ければ滅んでしまう。未来に思いやりはあるのか? きっと、こんな上っ面だけの見せ掛けだけの事で満足している子供のような日本人では、未来まで辿り着けずに滅んでしまう。

 『世界中の人達から愛される日本って素敵だと思いませんか?』

 それが証拠に現在の日本と呼ぶ国は亡国だ。誰が日本を統治しているのか誰にも分からない。流され、その行き着く先はを問うまでも無いだろう。舵がない船がどうなるか?、尾翼がない飛行機がどうなるか?、火を見るまでもない。そして、日本人には人がどうあるべきか、人がどう生きて行くべきかの考えがない。キョロキョロしてさあ。いつもこんな事を叫んでいる。似たような事を形を変えてさ。

 『俺!!!、韓国に行って一度も気分を壊した事ないですよおおおお!!!』

 言うまでもないよなあ。行きつく先がどのようなところかさ。しかし、それを憂い問う政府要人には凶行に倒れてこの世の中を去る運命を背負っている死が待ち構えている。だから、下々の者が考え口にしなければならない。だのに先のような事しか言えないんだ。そして、明々後日も事を言っているのが、現在の多くの日本人だろう。それは先進テクノロジーを利用して金儲けだけを考え思うままに世の中を変えよとする人と人の心との激しく激突している戦いなのかもしれない。中国の毛沢東の大躍進、あるいは、ソ連のスターリンの大粛清、それとも、カンボジアのポルポトの大逆殺の様な形が変わった事象が起こるような気がするのは私だけの気のせいか? それほど、日本は平和すぎたよ。

 でも、天下泰平であるのも間違いないだろう。どんな世の中になってもさ。野や山はあるだろうし、青空も今日も明日も頭上には輝いているだろう。そして、両隣には熊さん八さんと同じ様な人が住んでいるんじゃないかなあ。もし、未来に日本と呼ぶ国があって、日本人と呼ばれる人達がいるのであれば。そして、お金と呼ぶ物もあれば言ってるんじゃないかなあ。現在の人と同じ様な事をさ。

 『え!、金欲しいかって!、欲しい、ぶっとい札束、幾らでも。欲しい!!』

 令和元年10月2日(水)晴れ 27℃ 午後15:47 世田谷区より。
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