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2011年5月19日木曜日

東日本大震災と、つぶれていく銀座の店状況

 『銀座の店が200件潰れたんだってさぁ。そんで、新しい店が入らないんだって。』



 東日本大震災から、2ヶ月が経ち銀座の店に影響が出ているようです。不動産会社に勤めている、社員の男と話をしました。銀座の物件を扱っている不動産屋と、話をしたそうなのです。東日本大震災の自粛により、日本人の恒例となっている、春の花見や、宴会があまり、行われませんでした。それと、同じように、銀座の店で飲むことが、良くない雰囲気になってしまったようなのです。彼の話を聞くと、銀座で営業しているお店が、約200件も潰れたそうなのです。そして、潰れた店の後に、新しい店の入居者が入っていないらしいのです。



 この間の夜9時頃、銀座の真ん中を通る、中央通りを車で走りました。銀座八丁目から、日本橋まで。何か寂しいですね。街灯も節電により、点灯が少なくなっています。ちょっと、大袈裟に言うと、どこを走っているのか分からない感じがしました。日本橋の高島屋前の人通りなんか、ホントに、まばらな感じです。いませんよ。人が。薄暗い歩道を、見ると。



 でも、昼間は東京の人達は、平気な顔をして歩いています。歩道や、街中をいつもの通り変わらずに、学校、会社に行っています。夕方から夜にかけて、コンビニやスーパなどの、節電モードで暗い店内から、東日本大震災の影響を受けているのが、目に見えます。それでも、マンションやビル建設が、行われているのです。大きなクレーンが、ゆっくりと建物の上を動いています。昔見た、ウイスキーのコマシャルに、こんなのがありました。大空の下、夕暮れの大草原で、丸い牛肉の塊りを、鉄の棒で刺して焼いている映像です。陽が傾いていく、迫り来る暗闇の中を、赤い火が、生きているようにユラユラと揺れています。音楽が流れ、ナレーションの声が、こだまします。



 『希望が半分、絶望が半分。』



 どうなんだろうなぁ。昔、会社の上司の営業部長が、私に迫るように云った事がありました。



 『この仕事、やるか、やらないか、どっちにするんだ。』



 今思うと、やるしかないと、思うのです。マーチ・オワ・ダイ。前進するしかないと思うのです。生きていくためには、前進あるのみだと思うのです。だって、死ぬのは怖いし、痛いと思うんだよね。しかし、この営業部長さんの笛の吹き方が、あまりにもへたくそなので、踊りたくても踊れないのです。出来ない仕事なら、出来るように提案や細工をしなければなりません。この部長さん、ばんざい岬から、飛び降りるようなことばっかり云っていました。しかし、人の事は云えません。自分の生活を見ても、快適とは云えません。それは、自分の笛もへたくそなのです。みなさん、笛の吹き方の下手な人は、笛の吹き方を練習しましょう。



 日本国政府に云いましょう。



 『この、へたくそ! もっと笛の吹き方の練習しねえかい、この馬鹿野郎! 税金かえせ、今畜生!』



 大変、失礼しました。生活が、あまりにも苦しくて、つい・・・・。ひょっとしたら、何か理由があって、このような日本に、故意にしている力があるのかも・・・。




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東日本大震災により死んでいく可哀そうな家畜と、小田急デパートの桃色インコを思い出しながら、日本に災いを招くような事をする日本人の行いを考えてしまう。

『わあぁ!』



 ここは、東京新宿にある小田急デパート内のペットショップです。陶器、家具売り場がある広々とした階上の片隅の陰に、隠れるようにあります。頑丈な鍵が付いている丸い鳥カゴの中にいる、桃色インコと顔と顔を、付き合わせていました。何気なく、ちょっと、ひとさし指を鳥カゴの隙間に、置いたのです。すると、鋭い嘴で、間髪を容れずに、私の人差し指を咥えました。思わす声を上げてしまい、慌てて、指を引っ込めました。びっくりしていると、桃色インコが、頭を上下に動かしながら、クックックックと声を出して、高らかに笑うのです。それを見て、私は驚いて、ちょっと大きな声で、云ってしまいした。



 『ああ、笑った。』



 桃色インコが私の声に驚いて、私を不思議そうな目をして見ました。何か、桃色インコと私の間に、意思が通じたようなのです。しばらく、ペットショップの若い背の高い、黒っぽい服装をした、男の店員と、桃色インコを見ながら、飼育状況の話をしていました。桃色インコの目が、私を追い続けています。



 『このインコ、ずっと、一日中、この店の中にいるの?』
 『いやぁ。朝は屋上に連れて行って、日光浴なんかさせているんですよ。』
 『ふ~ん、そうなの。いつから、いるの?』
 『ずいぶん前から、いますよ。』
  ・
  ・



 その後、小田急デパートでワイシャツのオーダーや、本を購入する度に、ペットショップの桃色インコを見に行きました。何年経っても、私の姿が分かるようなのです。行く度に、私の姿を目で追っています。桃色インコの購入価格が高いせいか、購入する人がいなく、可哀そうに、何年もペットショップに居るのです。そのうちにペットショップそのものが、なくなってしまいました。



 昔、犬や猫が、家庭や身近な生活環境の中にいました。そして、犬や猫が、人間と同じ仕種をする事に度々驚かされました。猫の手が人間の手のように指が伸びて、ぶら下げてある鰯の体を、人間の手と同じように掴むのを目の前で見たとき、私の目は大きく見開き、得たいの知れない妖怪を見たような感じを受けました。



 お袋さんと、お腹が異常に膨れてしまった、病気の飼い犬の事を話していた時に、ふと振り返ると、病気の飼い犬が、顔を伏せ、真剣に右の耳で、聞き耳を立てて私達の話を聞いている様子を見て、ギョッ、として驚きました。その姿は、まるで人間の言葉、話が分かるように見えました。白い短毛の毛並みに、黒い大小の斑点が体にある、大きな黒い垂れ耳をした鳥猟犬のポインター犬です。






 若い時、夏休みに、久しぶりに田舎に帰りました。天気の良い午前中、青い空の下、おふくろさんが、木立に囲まれた庭に置いてある、鉄格子付きの犬小屋に入っている、真っ白い毛並みをした鼻面の黒い紀州犬のような、大きな飼い犬に、青いビニールホースからジャジャーと、勢いよく出ている水道水を、飲ませながら、言った事があります。



 『笑ってんだ。こいつ。』



 見ると、ピンク色の長い舌を、黒い口元からペロペロと出し入れして、青いビニールホースを口の横から半分咥えるように、勢いよく出ている水道水を飲みながら、なにやら立ち話をしている私達を、横目で見ている大きな顔が笑っていました。



 東日本大震災により発生した、福島原子力発電所事故の放射能検出が原因で、乳牛や、肉牛、家畜が殺される事を知らせるニュースを見ました。心の中に、不条理な感覚が疼いています。心の中で、出来るなら、止めてくれるよう願っているのです。何か、目に見えない力のようなものを、無視して、災いのようなものを招くような気がするのです。裏切りをしてしまったときに、感じるものを感じるのです。そう、そんな事をしていると、私達や、あなた達の番も、必ず回って来るのです。



 ところで、ニュース画面の中の震災者が、白いマスクを口に賭けています。子供も、大人も。放射能を吸い込まないため?


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2011年5月4日水曜日

いつまでも分からない人と東日本大震災復興促進




『竿を倒して巻くんだよぉ。釣れると分かったら、他の人が来ちゃうだろう。』



 中学生だった頃、家の近くに海があり、突き出ている堤防に登って、良くいしもち釣りをしました。銀色の魚体をしていて、ちょっと鮒を細くしたような魚です。いしもちは、季節に関係なくいつでも釣れたような気がします。でも、大体冬に釣る人は少なく、春夏秋に釣り人が多くなります。ある日の夏の午後に、堤防でいしもちをひとりで釣っていました。その日はいしもちが、よく釣れる日でした。竿を立て、リールを巻いて、海面に銀色の魚体が小さな飛沫を上げて滑るように近づいて来るのを見ていました。すると、親父さんが散歩に来ていたのでしょう。私の側にに来て、声をひそめて云いました。釣れている事が他の人に分かって集まってしまうから、場所が悪くなるとの考えらしいのです。



 親父さんの云う通りにしました。その日は、日が良いのか次々にいしもちが掛かって来ます。でも、なんでしょうか。親父さんの云う通りに竿を倒して、周りの人に釣れた事が分からないようにリールを巻くと不思議な事が起こります。今まで、釣れたいしもちが針から外れることがなかったのですが、良く外れます。何か、ちょっとがっかりしていると、兄がやって来ました。そして、いしもちが掛かると、親父さんの云った通りに竿を倒してリールを巻いていると、云いました。



 『竿を倒して巻いていると、魚が外れちゃうぞ。』



 それを、聞いて納得しました。何度も魚が釣り針から、はずれていて失望感を味わっていたのです。それからは、竿を立ててリールを巻き出しましたので、魚が手元に来るまで外れなくなりました。親父さんが云ったのは、それなりの損得勘定を考えて、いじけた根性を発揮したのです。確かに、目的を忘れて手段に熱心になることがあります。親父さんは、海の猟師で、魚釣りもベテランのはずなのです。釣竿も何本も持っているのです。それでも、釣れた魚を外してしまうような事を云ってしまいます。



 東日本大震災復興のボランテイアが大勢押しかけて、整理が出来ずに断わっていると、動画ニュースで云っていました。それほど、多くの人達が心配しているのです。そして、その力を充分に活用出来ないでいます。物事には、勢いとか流れがあります。釣れた魚を変な考えで、外してしまう魚釣りのベテランがいる世の中です。ボランテイアの人達がいるうちに、東日本大震災復興を急いで実施したほうが、良いと思うのです。ひとり一日2時間しかボランテイア出来ないとニュースが云っていました。ボランテイアの人達の安全を考えて、お断りしたり、2時間だけボランテイアしてもらっています、とボランテイアの受付、管理人らしき人が言っていました。



 竿を倒してリールを巻くと、竿の先のクッションのような働きが機能しなくて、釣れた魚が釣り針から、外れてしまいます。もし、これからボランテイアを考えている人が、そのような事情を知ったら、ボランテイアをするのを諦めてしまうかもしれません。そうしたら、復興をおくらせる事になると思うのです。



 この間、風俗店に働いていた、女性が育児放棄をして、2人の小さな子供が、部屋で死んでしまいました。そのとき、近所の通報を受けて、区の係りがその部屋を訪ねました。しかし、彼等は部屋に入る事なく、子供の死後に、ニュース会見をしました。



 『だれの部屋だか、分からないんですね。部屋の持ち主が。』



 そのときに部屋に入れば、小さい子供の命は、助かったのかも知れません。マイクの前で眼鏡をかけた、区の職員でしょう。彼にも、小さい子供が食べ物が無くて苦しんでいる姿が見えたら、ドアを蹴破っても入ったでしょう。しかし、、結果は後から、小さな茶色い死体となって、発見されたのです。自分の職業的立場を考えた、規則にのっとった行動は大切です。みんな、それで職業を守って、家族を養っているのです。でも、そのために多くの力を利用できなかったり、寂しい思い出にならないようにお願いします。


2011年5月1日日曜日

あれって、親切だったのかな・・・と、東日本大震災




 『山田さん。野菜は好きかのぉ。トマトは好きかのぉ。』
 『ええ。まあ、食べますけど・・・。』
 『じゃぁ、持ってくるかのぉ。』


 私は、アパート南側の木で作った縁台に腰を下ろして、手足の伸びた爪を爪切りで切りながら、のんびりしていました。そんなとき、大家さんがゆっくりと、両手を後ろに組んで歩いてきました。頭を手ぬぐいでほっ被りして、モンペ姿の痩せた小さい体をした、年老いた奥さんです。私の側に立つと、親しげに笑顔を見せました。そして、笑顔で私に尋ねました。毎月、家賃手帳を持って、大家さんの家に家賃を払うとき意外は顔を合わせることがありません。大家さんは、けっこう大きな農家を営んでいます。しばらくすると、大家さんが、清潔な感じのしないブリキ製バケツに、いっぱい野菜を入れて持って来ました。不細工な形の、緑色のキュウリと、赤いトマトです。世間話をしながら、バケツいっぱいの野菜をバケツから取り出し、遠慮なく貰いました。曲がった背中を伸ばしながら、大家さんはいいました。


 『形は悪いが、味には関係ないからのぉ。』
 『はは、そうですねぇ。』


 そして、自分の次男がまだ独身なんだけど、誰かいないかなぁと、謎かけのような話をしていました。次男はテレビを見ては、わはははと、大笑いしているばかりらしいのです。突然、そんな話をされても困るなあと思いながら、頭の中で思い当たる女性の顔を探しました。次男とは、たまに通勤の途中で会釈をしてすれ違います。ちょっと白髪混じりの頭を角刈りにした、背の高い人の良さそうな男です。


 そんな事で、不細工なキュウリとトマトを、家庭用の中性洗剤で洗い、サラダドレシングをかけて、たくさん食べました。そんな日から、どれぐらい経ったでしょう。交通量の多い幹線道路の灰色のアスファルトの歩道を歩いていると、目に付いたものがあります。歩道からは、広々とした畑が見渡せます。でも、なんか歩いている歩道の側に、キュウリとトマトが植えられているのです。それは、食料にする為に植えられているのではなく、違う目的で植えられたような感じです。生い茂った雑草の中の、交差した竹の棒に、萎びた感じでキュウリやトマトの蔦が絡み付いています。夏の強烈な陽射しの下で、車の排気ガスに晒されて、食べたら体に良くないだろうなあ、といった感じです。私が大家さんに、貰ったキュウリ、トマトと、同じ不細工な形をしています。大家さんに、私がもらった野菜って、これですか、と聞かないと本当のところは、分からないのですが・・・。


 東日本大震災で、ゴミのような救援物資を送ってくる人達がいるようです。昔、兄弟から穴の開いたセーターと、使えない電気スタンドを貰ったことがあります。結局、困ってしまって捨てました。青森に引越した、友人が壊れた米びつをあげると云った時もあります。あなたがいらないものは、私もいらない。あなたが、必要ないものは、私も必要が無い。逆に、適切な、心のこもった言葉、親切、仕事って、いつまでも心に残っています。暗い夜空に輝く明星のように。それこそ、本当に宝石のような、大切な宝です。いないですけどね、そんな事を言ってくれる人。

2011年4月29日金曜日

ローリングストーズと東日本大震災復興




 『欲求不満だぜ~♪ ・・・・。』



 テレビ画面には、イギリスのロックンローラである、ローリングストーンズのボーカル、ミックジャガーがマイクに向かって腰を曲げ体をひねって歌っています。ひと昔前のアメリカのテレビ番組エドサリバンショウで流された映像を日本のテレビ局が放送しているのです。厚手のスーツを着て、長髪のギタリストとドラマーの演奏に合わせて、歌うミックジャガーです。でも、なんか、忙しげに騒がしく歌うイメージを持っていましたが、そうでもありません。窓際のトットちゃんこと、黒柳敵子さんが、いっしょに出演している司会者とメンバーに言いました。少し前に流された放送です。



 『もっと、ギターなんかジャガジャカと騒がしく鳴らすのかと思ったら、そうでもないのね。』



 ローリングストーンズを日本語に訳すると、転がっる石です。音楽ファンなら、誰もがその名前を知っています。今東日本は瓦礫の山です。たくさんの石ころだらけの道や、生活とも呼べない生活が、石ころのような役にも立たない重苦しい空気のようなものに覆われています。そして、この石ころをどけなければ、人々の生活は始まらないのです。見渡す限りの瓦礫と、廃墟と化した石ころのような役に立たない街になってしまいました。



 しかし、私達の日常の生活で、私達を活性化するものは、この石ころだと思うのです。つまらない事のように見える些細な事が、私達の中の何かを正常にしてくれるのです。顔を洗い、歯を磨き、髭を剃るといった日常の些細な事が重要なのです。部屋を掃除し、窓を磨き、床を掃除する。失敗して、悔しがり、うまくいったと微笑むことが、生活に厚みをましてくれるのです。体を動かし、色々なものに出会い、感情や考えや、心を揺さぶられて、自分が生きていることを感じるのです。些細な事を話合って、互いの存在を認め合うことが人間には必要なのです。



 店先で忙しそうに手足を働いている店員さんの顔は、健康的に輝いています。曇った人々の顔の中に輝いている顔があります。それは、炊事洗濯などの家事を毎日している奥さんなんかです。逆に不健康で不機嫌な人達はあまり顔色が良くありません。いつも、些細な事をつまらない事と考えて、不平不満を訴えて、些細な事をするのをなまけているからです。些細な事、つまらないと思っている、石ころを動かすようなことが、いかに健康に生活に良い刺激となるかを知るべきなのです。お医者さんなんか、これを良く言っています。



 『適度に体を動かさないと。』



 しかし、震災を受け、家も家族も仕事も無くして、意気消沈して、途方に暮れて、うな垂れている人々の顔を見て、このような事を言えるでしょうか。自分の赤ん坊を津波に流され、その赤ん坊がどこにいるかもしれずに、テレビの画面で目に涙を浮かべて悲しんでいる、そんな若いお母さんに言えるでしょうか・・・。震災者の方々にも分かっているのです。ただ、今は悲しみや、戸惑いが暗い雲になって、視界をさえぎっているのです。



 静かに見守って、黙って応援したいと思うのです。心の中で、がんばれよ・・・。そして、今の彼らには、がんばりようが無いのです。


地元のスーパマーケットで働いているパートの奥さんの小さな不正と、東日本大震災復興計画




 『あの~、これ、ちょっと合ってないよ。』
 『はい。これ。』



 惣菜等のちょとした買い物をして、会計のレジを済ませ店を出ようと出口に向かって歩き出しました。黒い皮製の小さな小銭入れをポケットから出して、もらった釣銭を入れようとしました。でも、お釣りの小銭が、なんだか足りません。銅色の10円玉、アルミの1円玉と銀色の100円玉が、何枚か、手の平に乗っているだけです。静かに振り返って、レジのパートの奥さんに、お釣りが足りないことを、戸惑いながら告げました。すると、その奥さん500円玉を、すぐに私の手の中に入れて渡しました。つり銭の金額を確かめる事無く渡したのです。後から考えて分かるのですが、確信犯というやつです。見た目は、どこにでもいる普通の、感じの良さそうな奥さんです。ここは、横浜の綱島街道からちょっと道を1本入った場所に在る、地元の人が経営しているこじんまりとしたスーパーです。



 店を出て、灰色のアスファルトの歩道を家に向かって歩いていました。頭の中は、さっきのお店のつり銭の事をボンヤリと考えていました。何だったんだろうと。間違いによる行為だったのか、それとも故意によるものだったのかと。そして、思い出しました。



 そういえば、この店には透明なプラスチックの板に挟まった紙が天井から鎖でぶら下げてあります。レジで会計するために並ぶと自然に目に付く位置にぶら下っています。紙にはこう書いてありました。



 『つり銭を確かめてください。』



 さきほど、レジに並んでいたときに目にして、なんだろうと思っていたのです。何故このような、張り紙を店の天井からぶら下げているのだろうと。どのような原因で釣銭が違うのか、色々とあると思います。金銭の必要があって不正と分かってするのか、面白半分怖さ半分のスリルを味わうためなのか、単なる勘違いなのかは、当事者に尋ねないと判断は出来ません。当事者が正直に答えるかどうかは別としてです。



 私が中学2年生のとき、教室の教壇に立った若い女性の先生が、大きな声で叫んだことがあります。小柄な背の低い、ちょっと化粧の濃い先生でした。この先生は数学を教えていました。



 『あなた達が勉強するのは、騙されないためなんです。社会に出て、色々な事があります。騙されないように勉強するのです。』



 歴史、数学、その他を勉強する事に意味を見出すことが出来ない年齢です。勉強しろ、勉強しろとの親の声なんかを聞いても、全然受け付ける事ができませんでした。しかし、その言葉は全然抵抗無く耳から体の中に入りました。そして、その若い女性の先生に、なんとなく感謝しました。長い学校生活で初めて、勉強に対する正直で、的を得ている考えを聞かせてくれました。



 不正により、軽く見られたり、なめられるのは耐えられないものです。お金を騙し取られる事もそうですが、自尊心を傷つけられることは、本当につらいものです。



 東日本大震災の義捐金の募金箱が、何度か盗難にあっています。そして、私達には分からない不正も存在しているはずです。福島原子力発電所事故の原因に対して、何度か東京電力の役員が報道カメラに向かって言いました。



 『想定外の津波でした。』



 中学の教室の教壇で叫んだ、あの女の先生はだったら、何と言うかなぁ~。こんな感じかな。



 『事は単純じゃないのは分かります。原子力発電所事故、責任問題、金銭的な賠償問題等多々あります。インデアンの酋長の言葉を持ち出すまでも無く、事は蜘蛛の巣のように複雑に絡み合っています。しかし、色々な不正を考えた、想定外を含んだ震災対応をすることです。震災対応のゴールを明確にすることなのです。震災者、日本や世界の機関や人々が納得する計画と目標を発表することです。ひとつひとつ切り分け、ひとつひとつやることです。』



 でも、無理ですね。永田町の人達、議員さんは、自分達の身の安全しか考えていないもの。小さな党内の駆引きに全身全霊を賭けることに、夢中で我を忘れています。国民の事なんか、考えたこともないでしょう。駆引きに利用できる、カードの一枚でしかないのです。でも、分かるような気もします。党内から、村八分にされたり、議員バッチを外したりしたら、タダの人ですからね。誰にも相手にされなくなくなるのですからね。寂しい人間に、なるのですからね。そして、それが、人間なのです。そう作られているのです。ですから、そんな人間を熟知して、そうなるようにするべきなのです。快適な生活が出来るように、生活を楽しめるように、人生は素晴らしいと実感できるように、彼らに、そうなるように仕向けるのです。国民の生活を、快適に愉快にすれば、自分の議員としての立場が永遠に続くと保障させるのです。出来ると思います。豚もおだてりゃ、木にに登ります。でも、逆におだてられているような気がします。GNP2とか、世界一早いスーパコンピュータとか。

2011年4月8日金曜日

ウサギ小屋の中にいる日本人がなにをしているか?




『ゴット~ン!』


 また始まったか。


『カッラ~ン! ゴロゴロ~。』


 そうです。始まったのです。何が面白くないのか、わかりません。部屋の点灯を消灯し、ベッドに体を横にすると上に住んでいる住人が、騒音を発生させるのです。


 以前、警察官にも出動してもらいました。上の階の住人に尋ねました。


 『分けをしりたいんですよ。何故なんですかね?』

 『もう、遅いので。』


 深夜に騒音を発生させて、遅いも何もないもんだなと思いましたが、物事には流れがあります。何度も何度も上の住人のドアの横のチャイムをならして、話をしたいとチャイムのマイクに話しかけました。すると、奥さんでしょう。今はいないのでとか、さああとか、要領を得ません。日曜にたずねても同じでした。


 『分かりました。110番に連絡します。』


 警察官がきました。パトカーが赤の点滅をして止まりました。


 『ちょっと、あなたは離れて下さい。相手が怖がりますから。』
 『顔を見たんですよ。どんな顔をしているのか。』


 なるほど、普通の人の顔です。たぶん奥さんが騒音を出しているのです。尋ねたとき彼は言いました。


 『トントンという音ですが? それともドンドンという音ですか? 実はうちもやられてるんですよ。』


 これが、日本人らしいです。みみっちい。なさけない。なんといおうと、こんなことをしているのが、日本人なのです。そして、騒音の後で、今夜は凄い横揺れがありました。この間の東海沖大地震の余震だと思います。天災、災難の間でも、つまらない事を考えて、つまらない事をしている人間。日本人の面汚しもいるとは思いますが、確かに、どこにでもいますね。


 幸福感を持つ1番の国民は、デンマークの人々だとニュースで見たことがあります。日本人は何番なのでしょう。


 東北沖大震災の被災者に心から御悔み、お見舞い申し上げます。しかし、家も、家族も、仕事も無くしてしまった人々になんと言えばいいんでしょう。察するに余りあります。


 目も見えず、耳も聞こえず、話す事も出来なかった、ヘレンケラーが伝記の中で書いていました。人はひとつのドアが閉まると、閉まったドアの方ばかり見ている。でも、ひとつのドアが閉まると、必ず違うドアが開くと。そして人々は開いているドアを見ようとはしないと、いっています。


 新しい今日、震災に強い街、家、考えを作りましょう。確かな生活をしましょう。上の住人のような、みみちい人達になんと言おうと駄目だとは、思うんですけど・・・・・・・・・・。


 義援金等がどのように使われたのかを誰にも公開して欲しいと思います。どこに集められたのか、どのようなものに使われたのかの詳細をです。そして、震災復興したとの最後とは、何かを明確に示して欲しいと思います。何を持って復興したと考えるのかをです。始まりと終わりを明確にする事が、次の震災に備えることの一歩だと思うのです。